座布団の引っ張り合いから
昨夜はワークショップで体験したことを書いたのですが、もうひとつ思い出したことがあるので、今夜はそのことを・・・・
ワークショップのウオーミングアップとして、時々小さなエクササイズをするのですが、その小さなエクササイズで大きなことに気づくことがあるのです。思い出したとおりに書いてみます。
「今日は、これから小さなエクササイズをしますので、二人一組になってください。
そして向かい合って座り、真ん中に座布団を置いてください。」
(参加者は二人一組になって座布団を真ん中において向かい合って座りました。そして次の指示を待ちました。)
「お互いに座布団の1辺をしっかり掴んでください。お互いに引っ張り合っていることになりますよ。
そしたら次に片一方の人が座布団を自分の体のほうへ引いてください。引っ張られたらもう一方の人は座布団から絶対に手を離さず、引っ張られて体を前傾してください。次は引っ張られた方が引っ張ります。ここまで分かりましたか?」
「は~い」
「引っ張るときには次のことを言いながら引っ張ります。『これは、わたしのもの!』 いいですね。ではそれぞれ始めてください。」
(はっ?何が起きるのだろうか・・・こんなことして)と思いながら座布団の引っ張り合いっこを楽しみました。
「だめ、これわたしのもの!」
「いや、わたしのもの!」
と部屋のあちこちから大きな声が・・・・笑い声も・・・・
私は自己の所有物であることを主張しているうちに『はっ!』とし、その途端に静かに涙がこぼれ始めました。
そうだ!私はこんなに頑張って主張していない!
こんなことに気づかないでいました。
小さな小さなエクササイズでしたが、大きなことに気づかされました。
私が学んでいるゲシュタルト療法は、こんなことを言っています。
「気づき」とは、人が何らかの情報にアクセスできて、その情報を行動のコントロールに利用できる状態のこと。例えば
「空が曇っている」ことに気づいていること。
「自分が寂しい」ことに気づいていること。
これらのことを言語で伝えることができる状態などのこと。
しかし、人は全てのことに気づいているわけではありません。むしろ、ほとんどのことに気づかずにいます。つまり、多くのことを意識的にではなく、無意識に処理を行っているのです。たとえ、自分自身に問題があっても、それに気づいていなければ対処のしようもありません。気づかない場合には選択のしようがなく、いつもと同じ自動的な反応が起きることになります。選択肢のない硬直している状況よりも、多くの選択肢の中から状況に応じて選べる柔軟性があったほうがいい。
そして、選択というものを実現するために必要なこと。それが「気づき」。気づくことによって、何かしらの選択ができる。将来を自分で自由に選択することで、人生の可能性を広がるのです。
ワークショップのウオーミングアップとして、時々小さなエクササイズをするのですが、その小さなエクササイズで大きなことに気づくことがあるのです。思い出したとおりに書いてみます。
「今日は、これから小さなエクササイズをしますので、二人一組になってください。
そして向かい合って座り、真ん中に座布団を置いてください。」
(参加者は二人一組になって座布団を真ん中において向かい合って座りました。そして次の指示を待ちました。)
「お互いに座布団の1辺をしっかり掴んでください。お互いに引っ張り合っていることになりますよ。
そしたら次に片一方の人が座布団を自分の体のほうへ引いてください。引っ張られたらもう一方の人は座布団から絶対に手を離さず、引っ張られて体を前傾してください。次は引っ張られた方が引っ張ります。ここまで分かりましたか?」
「は~い」
「引っ張るときには次のことを言いながら引っ張ります。『これは、わたしのもの!』 いいですね。ではそれぞれ始めてください。」
(はっ?何が起きるのだろうか・・・こんなことして)と思いながら座布団の引っ張り合いっこを楽しみました。
「だめ、これわたしのもの!」
「いや、わたしのもの!」
と部屋のあちこちから大きな声が・・・・笑い声も・・・・
私は自己の所有物であることを主張しているうちに『はっ!』とし、その途端に静かに涙がこぼれ始めました。
そうだ!私はこんなに頑張って主張していない!
こんなことに気づかないでいました。
小さな小さなエクササイズでしたが、大きなことに気づかされました。
私が学んでいるゲシュタルト療法は、こんなことを言っています。
「気づき」とは、人が何らかの情報にアクセスできて、その情報を行動のコントロールに利用できる状態のこと。例えば
「空が曇っている」ことに気づいていること。
「自分が寂しい」ことに気づいていること。
これらのことを言語で伝えることができる状態などのこと。
しかし、人は全てのことに気づいているわけではありません。むしろ、ほとんどのことに気づかずにいます。つまり、多くのことを意識的にではなく、無意識に処理を行っているのです。たとえ、自分自身に問題があっても、それに気づいていなければ対処のしようもありません。気づかない場合には選択のしようがなく、いつもと同じ自動的な反応が起きることになります。選択肢のない硬直している状況よりも、多くの選択肢の中から状況に応じて選べる柔軟性があったほうがいい。
そして、選択というものを実現するために必要なこと。それが「気づき」。気づくことによって、何かしらの選択ができる。将来を自分で自由に選択することで、人生の可能性を広がるのです。
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